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廣島秀雄(雅号 氷魚ひょうぎょ) 挑戦の歴史
この勇気と 努力と 強運を
ハンコに込めてお届けします
 昭和32年、秀雄は中学をでてすぐに上京し、日本橋で修行に入る。店の仕事に励む一方、競技会への出品のために寝る時間を割いて作品作りに励む日々。体を壊して帰郷・入院していた時期もあったが、初志貫徹のため再上京。
 次第に競技会で頭角を表し、38年から41年にかけて一気に頂点に上り詰める。40年には会心の作を出品するも、郵送したはずの作品が途中紛失し、審査対象にならないという逆境にあったが、それをバネに、翌年に最高の大阪府知事賞を獲得したのである。腕を磨くことに寸暇を惜しまず、挑戦し続け、最高の技術と認められた瞬間であった。このときの課題の言葉が「大器晩成」で、以後秀雄はこの言葉を深く胸に刻み人生を歩むこととなる。
 また、技術研鑽のため、日本印章協会の技術講習会に継続して参加していたが、42年に、最高レベル(指導者レベル)に到達したことを示す「一等印刻師」に認定された。この講習会は非常にレベルの高い講習会で、その中でも「一等印刻師」に認定された職人は数少ない。
 そしてこの42年江東区新大橋にて念願の独立を果たす。店の名前は大成印章。大成印章も、そして大成印章のお客様も大成するように名付けた。また、41年の知事賞を獲得した際の課題であった「大器晩成」の「大」と「成」をとって名づけたという想いもある。
 48年には、労働省認定の一級印章彫刻技能士の資格を取得。
昭和50年に富山市に移店。秀雄と同じく富山県出身の妻の「立山の見えるところに住みたい」という願いに応え帰郷した。それまで築いた東京での基盤を捨て、富山で再出発することはやはり大きな賭けであったが、努力と強運で定着・発展することが出来た。
 新天地での困難な挑戦の中でも、腕を磨くことへの挑戦は続いた。52年には、全国印章技術大競技会で金賞を受賞。これで、関東・関西の大きな競技会を制したことになり、印章競技会への挑戦はひと段落する。
 しかし、挑戦は終わっていない。次は、篆刻(てんこく)という新たな分野への挑戦だ。篆刻も広い意味ではハンコだが、はんこ屋だからといって篆刻も彫れるわけではない。篆刻は芸術であり、綺麗なだけでなく味わい深くなければならない。印章競技会では、細かい技術、正確な技術が評価されたが、篆刻の世界では、わざと文字を欠かすなどして味わいを追求するのである。また、書道の一分野として確立しており、中国から始まる古典を踏まえたうえでの独創性というところを見られるので、印章店での修行とは別の新しい研究が始まった。中国の有名な歴史的篆刻家の作品を何百と模刻し、基本を習得。それから、個性を磨くのである。
 富山へ帰郷する直前の1年間、若き日の巨匠・関正人氏の手ほどきを受けた経験を糧に、富山では特に師匠につかず独学で学んだ。独学ゆえ、市展・県展レベルで無名で、いきなり日展で入選という快挙を成し遂げた。富山へ移って5年後の出来事。努力であり、強運である。このとき彫った言葉は、大器晩成。知事賞を取ったときの課題であり、大成印章の由来でもある「大器晩成」だ。これまで以上に「大器晩成」が特別な言葉となった。
 その後も日展の2,3回目の入選、県展賞の獲得、個展の開催など挑戦は続いた。
 また、最近は独自の活動を志している。「志合わせの印(しるし)」という活動である。印(いん)を彫る者として、実用の印でもなく芸術の印でもないべつの印の役割を模索するという挑戦である。「心を合わせるための目印」としての印である。価値の多様化する現代において、互いがそれぞれの方向を向いていて世の中がかみ合っていないようにも思える中で、社訓・社是・スローガンなどの「志合わせの印(しるし)」としての役割を再認識しようという試みである。志を共にし心を合わせることが幸せにつながるのではないかという想いを、いくつかの企業の社長さんにお話しし、ご理解・ご支援いただきながら展開中である。大成印章は「大器晩成」を志合わせの印として掲げている。

ハンコが好きでここまでやってきました。人との出会いに恵まれてここまでやってこられました。まだまだ、挑戦は続きますが、ご支援いただければ幸いです。
また、大成印章のハンコには、この挑戦と達成の歴史がしっかりと込められていることをお約束します。


昭和16年
富山県婦負郡八尾町上高善寺に生まれる
昭和32年
東京都中央区日本橋 高野印房に入店(15歳)
昭和38年
大阪府印章技術展 金賞
昭和39年
東京オリンピック記念技術展 銀賞
昭和41年
大阪府印章技術展 大阪府知事賞
昭和42年
一等印刻師の資格取得
昭和42年
東京都江東区新大橋にて大成印章創業
昭和48年
一級印章彫刻技能士の資格取得
昭和50年
富山市西大泉へ店舗移転
昭和52年
全国印章技術大競技会 金賞
昭和55年
篆刻で、日展に初入選。(現在まで計三回)
昭和58年
篆刻で県展賞受賞
平成 6年
富山県印章業技術大会 金賞
平成12年
小渕首相に篆刻を寄贈し、お礼の電話を頂く
(いわゆるブッチホンです)
平成12年
ブッチフォンと前後して「志合わせの印」活動を開始>>>
 

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